35日目 1月12日(火) 終日航海日 日出7:38 日没21:29
航海情報天候気温正午位置風向風速ジョギングデッキマシン陸上合計デッキ累計距離累計
曇り19.0℃33-27S 081-26W東7m/s18周--8km549周273km
船内情報講演等イベント他船の揺れプール
-ロッキーホラーショーあまり揺れないノーマル
ダイニングランチ(6F)ランチ(11F) リド夕食ドレスコードディナーギャラクシーラウンジ(19:00)
ラーメン和食うどんセットカジュアル和食ジャーミー・イートン ジャグリングショー
今日もまた8時50分、キャプテンの定時放送が始まるまで目が開きませんでした。この時間まで寝ていると、身支度を整えて朝ゴハンの営業中にリドカフェに飛び込むのは割と忙しいです。
今日は珍しく「和」なものを食べたくなり、11Fリドカフェの右舷から入って和食コーナーでおかずを見繕いました。このルートを通るとパン類はリドガーデンの中央部にあるテーブルで取ることになります。

ほうれん草のお浸しや茶巾煮、お味噌汁と取りましたが炭水化物はやはりデニッシュ、とデザート感覚のチョコレートデニッシュで〆ることにしました。

ここの所気温的に大分涼しくなって来たので、今日はそれまでのハーフパンツから長いものに履き替えました。上は半袖で問題ないです。
朝食後のパームコートで日記メモを書こうと思ったら、顔見知りの人に呼ばれたので、あまり書き物は出来ませんでした。クルーズの日数を経るにつけて知り合いが増えて、社交の場も広がっていきます。ここであることないことお喋りするのは楽しくて、あっと言う間にダンス教室の時間になってしまいました。
今日もワルツの基本部分です。体調まだ完全には復調していないのですが、夫のやる気の灯を絶やしてはいけないと必死です。
帰りにフォトショップで一昨日のバースデーディナーで撮ってもらった写真をゲットしました。先輩方に祝ってもらい、嬉しそうな様子が写っていて良かったです。ロングクルーズで迎える誕生日は特別感がありました。
昼のメニューはラーメンだったので、多分混んでいるだろうとわざと時間を遅らせてメインダイニングに出掛けました。ラーメンは11Fのリドクリルでも時々食べられるのですが、やはり5Fで出ると特別感があってつい張り切ってしまいます。
醤油ラーメンか味噌ラーメンかを選べるので悩みつつも、普段は醤油派の私も今日は味噌を選択しました。夫は安定の味噌派です。

味噌ラーメン

肉まん

ナタデココ

部屋に戻って何気なくテレビのチャネルを変えると、NHKワールドでちょうど朝の連続テレビ小説「あさが来た」をやっていました。このクルーズに出るまでずっと見ていたので留守中の録画までしているのですが、話が進んで主人公に子供が生まれていました(録画がたまり過ぎてて結局見ませんでした)。
14時頃、右舷にアレハンドロ・セルカーク島(Alejandro Selkirk Island)が割と近くに見えました。小説「ロビンソン・クルーソー」のモデルになった(諸説あり、現在は否定的)とも言われているスコットランド人(アレギザンダー・セルカーク Alexander Selkirk)のスペイン語の名前です。
ブリッジ教室までのちょっと空いた時間に、直前まで通った新宿の着付け教室宛にハガキを書きました。元旦と数日前のフォーマルで無事着つけられたことを報告出来ました。

ブリッジ教室は1NTオープンのレスポンダーがバランスハンドでない時のビッドの仕方で、この先生はわかり易いとです。
と、講義が終わったプレー中にイルカの群れが通り過ぎて行きました。ちょっと遠かったので、イルカの姿は収めることが出来ませんでした。
16時過ぎからはジョギングで、復調しつつあることもあり無事8kmほど走ることが出来ました。
シャワー、洗濯とルーティーンをこなし、18時頃からビアタイムになりました。大晦日に18時半だった日没が2週間も経たずに21時半まで延びました。
今晩の夕飯は力の入らないメニューであることは昼過ぎにチェック済です。ショーもいまいちであることから、夕食はリドグリルに行くことにしました。この海域では贅沢なのですが、胡麻豆腐、お造り、黒むつオランダ焼き、椎茸肉詰めの揚げ物とアスパラベーコン巻きとなると「メインディッシュがない」と思ってしまいます。

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一方のリドグリルは日によっては「餃子定食」「ステーキセット」などがあるのですが、きょうはうどんセットと低調です。うどんは力が入らないのでパスします。

お好み焼きと和牛バーガー

ブルーシール(Blue Seal)のカップアイスとチョコレートアイス
食事中にお酒を飲まないと、出て来たそばからあっと言う間に食べ終わってしまいます。19時半頃部屋に戻るとターンダウンしてありました。いつもはこれから夕飯の時間です。
「ロビンソン・クルーソー島」が大分近くなったようなので、20時頃ワッチ体制に入ることにしました。通常だとゴハンの時間中なので、結果的にダイニングでのゴハンにしないで良かったです。
風が強く、11Fのオモテの部分には出られなかったので、刻々と近づく島を7Fのプロムナードデッキで眺めることにしました。
海面からいきなり崖が切り立つゴツゴツした島で、人が住んでいる雰囲気がありませが、無人島にしておくのには勿体ないほど大きい島です。
島はじわじわと近付いていますが、あまり変わり映えしないので飛来して来たカツオドリ(多分)を撮影したりしました。が、鳥の動きは予想が難しくブレブレになってしまいます。
それでも間が持たず、6Fライブラリーに「ロビンソン・クルーソー島」のことを調べに行きました。ネットが繋がらない状況ではやはり昔ながらのアナログな「百科事典」です。が、残念ながら物語の方しか項目がありませんでした。

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20時50分頃再び7Fのワッチも戻ると、外に出て来ていた知り合いが「小舟が見えてるよ」と教えてくれました。

ズームで見ると後方に何本もの釣り竿が見え、胴長ルックなことから漁師さん達のようです。と、一番後ろの人が釣った大きな魚を掲げてくれました。1枚目を撮影した直後だったため、撮影しそこなってしまいました(2枚目はその魚を下したところ)。

漁船はしばらく並走し、向こうからスマホでこちらの写真を撮影しているのも見えました。
と、再び魚を持ち上げてくれそうになったので、慌ててズームして、今度は無事撮影することが出来ました。パっと見てわかるほど詳しくないのですが、マグロ系だろうと思います。ほどなく漁船は離れていきました。

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漁船がいるということはこの島の人なのだろうと思い、一体人はどこに住むのだろうと眺めていると島の真ん中辺りに町が見えて来ました。
双眼鏡でヨットハーバーが見え、小さな港が見え、明かりのついた家々も見え、リゾートホテルのようなものも見えました。
南米大陸までまだあともう1日かかりますが、見物に出て来たツアーデスクの人が「ここはチリです」と教えてくれました。久々に見た有人島の人々の暮らしぶりにちょっとした感動を覚えました。ちなみに、この町は「サン・ファン・バウティスタ(San Juan Bautista)」というそうです。
島を右に見ていた本船は、町を横切ると左に舵を切りました。これはトモに行ったらいい写真が撮れるかもしれません。
とトモに行くと「来ると思った」と知り合いに言われました。別の知り合いは「ここから撮るといいよ」と教えてくれました。行動パターンがバレバレみたいです。
舵を切り終わってから速度を増したようで、思った程の航跡は撮影出来ませんでした。
とりあえず満足して時計を見ると時刻は21時半、ダンス会場で「ロッキーホラーナイト」が始まります。慌てて6Fの後ろの出入口からクラブ2100に入りました。
アシスタント・クルーズディレクターのナビゲート&ドラムで、本船のバンドのナマナが時代を追ってロックンロールナンバーを繰り広げる趣向です。

エンターテインメントスタッフもホラーな感じの扮装で踊っていました。基本ロックンロールなので割と激しく踊る感じです。

曲と曲の間の説明トークになるとスススっと人がいなくなりますが、曲がかかると人がそこそこ出て来ます。一曲だけブルーステンポの曲「アンチェインド・メロディ(ゴースト・ニューヨークの幻でリバイバルヒット)」が流れたので、人を縫って無事一周することが出来ました。
予定通り22時10分にお開きになりました。ずっと跳ねていたので疲れました。乾燥物を回収してから部屋に戻りました。
今日の終日航海日はロビンソン・クルーソー島やディスコナイトと特に夕方以降が盛り沢山でした。ロビンソン・クルーソ島はこのGPS地図で見ると20kmぐらの長さがあったみたいです。
100kmスケールの地図に切り替わると、朝には端っこしか見えていなかった南米大陸がしっかりと入っていました。
日付の変わった時計の画面では、翌日の予定としてバルパライソが表示されました。イースター島を挟んで12日間もあった終日航海日が、ようやくあと1日で終わります。