11日目 12月20日(日) 終日航海日 日出5:30 日没18:43
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航海情報 | 天候 | 気温 | 正午位置 | 風向風速 | | ジョギング | デッキ | マシン | 陸上 | 合計 | デッキ累計 | 距離累計 |
晴れ | 26.0℃ | 20-13S 162-32E | 南東13m/s | 18周 | - | - | 8km | 153周 | 75km |
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船内情報 | 講演等 | イベント他 | 船の揺れ | プール |
- | ポリネシアン・デッキディナー | 強風とうねりで多少 | ノーマル | |
ダイニング | ランチ(6F) | ランチ(11F) |
リド夕食 | ドレスコード | ディナー | ギャラクシーラウンジ(19:00) |
和定食 | 洋食 | - | カジュアル | デッキディナー | - |
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 | 8時過ぎにゆるりと起床しました。曇り時々雨の予報ですが、今のところ晴れています。フネは大きなうねりの上を相変わらず17ノット台で走っていました。 |
8時半頃食事に行きました。夫は昨日に続きリドの和食コーナーを選択しました。野菜の下にししゃもが一匹隠れていました。 |  |
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 |  | 私は好物のマッシュルームクリームスープとツイストバターブレッドをゲットしました。 |
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それから焼きたてパンサービスで、カスタードデニッシュをもらいました。8時50分からの船長による航海情報の中で、今日は太陽が87度まで上がる日だとわかりました。これは逃す訳にはいきません。 |  |
 | 9時半から阿波踊りの衣装合わせがあったので、その前にクラブ2100の様子を見に行くとよさこいダンサーが練習中でした。綺麗に揃っていて凄く上手でした。 |
私達の前はねぶたの跳人ダンサー達の衣装合わせでした。本当はこっちをやりたかったのですが、一杯だったので第二希望になりました。 |  |
 | 飛鳥祭り用の阿波踊りの衣装は簡易バージョンで袖も丈も端折ってあって、着るのは簡単です。踊る練習はともかく、掛け声の練習は前回の1回だけだったので大丈夫かなーと思います。音楽に合わせて声を出すのは意外と難しいと思いました。 |
ダンス教室午前の部のブルースに付き合えと夫がうるさいのでしぶしぶ付いて行きました。先生がパートナーを変えろとしつこいので、他の人と踊ったところそれ程リードがハッキリとしていないレベルなのに、女性はリードに従うものだ的なことを言われてすっかりやる気をなくしました。 |  |
 | ダンス後は太陽が一番高く昇る12時10分目掛け、撮影用ペットボトルを持ってプールデッキに上がって行きました。2011年の時は特に何もなかったのが、今回はカメラマンも出ていてちょっとした撮影会になっていました。 |
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太陽が真上になると、垂直の物の側面には日が当たらなくなります。太陽が真上に行くと言う東京ではあり得ない非日常を楽しみました。 |  |  |
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 | ジョギングは13時頃、とりあえず7Fのプロムナードデッキに下りましたが、風を嫌った夫はさっさと12Fのジムのマシンに行ってしまいました。仕方なく一人もくもくと走り、それから少しだけプールサイドで炙りました。 |
大浴場でさっぱりした帰りにいつものコースを通ると、ウィンブルドンコートで予定していたイカ飛ばし大会は、強風のため6Fのトモに会場を移したの貼り紙がありました。 |  |
 | 戻って身支度をしている間に夫はピアノ練習に出掛け、私はザ・ビストロでオヤツをつまんでからジョインしました。 |
夫は熱心にモーツァルトのピアノソナタを練習しています。私はその2楽章の楽譜を借りました。 |  |
 | 16時からのダンス教室は、ちょっと変化球でアルゼンチンタンゴでした。女性の場合右横、左後ろ(L字に運ぶ)右後ろ、左前にかける、右踏みかえ、左横、右揃える、左前という感じです。女性が2歩目で下がる際、男性は女性の外に出るのがポイントでした。外に出るのでサリーダ(出)と言っていたように思います。 |
18時からのデッキディナーはフリードリンク(飲み代タダ)のため、部屋ビールを我慢し、夫はお気に入りの植木等の格好に着替えました。テーマはポリネシアン、この後はクリスマス、南米、アスカツー、ハワイアンと続くのですが、こういうのは勢いが大事です。 |  |
 | デッキディナーは18時に始まるのだから18時に行けば良い、とずっと思っていたのですが、少し早めに行ってドアの前に並んでいれば苦労せずとも椅子に座れることを学び、今回は早めに出ました。 |
2011年に一緒だったご夫妻と乾杯したあとは、食べ物を取って来ることにしました。バーベキュー中心のポリネシアンな感じのラインナップです。 |  |
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 |  | 機関長がラムをサーブしています。川上ホテルマネージャーも、怪しいサングラスとつけヒゲで何かを焼いていました。 |
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今回の夫の植木は知り合いには予め「あの格好するけど無視しないで下さいね」と根回ししてあったことから、気持ちよく盛り上がりました。盛り上がるとついお酒のピッチも上がります。 |  |
 | このクルーズで知り合いになった人達の所にも行って、ウケを狙いました。プールデッキだけではなく、室内のリドガーデンの方まで行く念の入れようでした。 |
そのうちクルーの余興として、ハカの披露がありました。ハカはマオリ族の伝統で、日本の鬨のようなものと解されています。ラグビーのニュージーランド代表が試合の前に踊ることでも有名です。 | |
 | それから本船のプロダクションショーのメンバーによる、歌や踊りがありました。 |
オフィサーによる余興もあります。何故か夫が混ざって踊っておりました。 |  |
 | そして(いつの間にか)祭り(っぽくなっていた)はフィナーレへ。リピーターが多く皆騒ぎ所を知っているためか、プールデッキは総立ちでした。 |
最後はトレインを作って練り歩き、すれ違うクルーにハイタッチです。この盛り上がりは日本船では飛鳥Uならではでした。 |  |
 | 20時過ぎのお開きの後、辛うじて洗濯機を回す理性は残っていたようですが、その後気絶してしまいました。 |
ハっと目を覚まし、洗濯機から乾燥機に詰め替えてから本格的に気絶しました。頭がグルングルンしていました。 |  |
 | 明日は上陸日ですが、その前日にこんなに酔っ払ったのは初めてです。ビールと日本酒のほか、白ワインとウィスキーまで飲んでいました。 |