プライド・オブ・アメリカ ハワイ4島周遊クルーズ乗船記(2007年3月11日)

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2日目(日曜日) ハワイ島ヒロ(ホノルルからから221海里)入港8時 出港20時

朝は入港も知らず10時半に起床した所すっかりヒロに着岸状態でした。目の前には小さなコンテナヤードと建物の少ない田舎っぽい景色が広がっています。夫が朝一にジョギングと決めていたので、 6F「プロムナード・デッキ」(ジョギング・トラック)をゆっくり40分程走りましたが、左舷側に回ると横にホーランド・アメリカラインの「ZAANDAM(ザーンダム)」(61,396トン)が停泊中でした。ホーランド・アメリカの船は、同社が大西洋横断をしていた伝統からか、ライナー(定期船)っぽい優雅な色合いです。天気はアメリカで一番年間降雨量の多いヒロだけあって、霧雨状態でした。そういえば2年半前にコナからレンタカーでキラウエア火山まで来た時も雨がちだったのでした。
気温が高くないのであんまり汗はかきませんでしたが、戻ってシャワーしてから朝ごはん、と思っていたらレストランでの朝食タイムは10時に終了しており、11時半過ぎにはランチタイムに突入していました。で、頼りになるのは24時間オープンの「アロハ・カフェ」。ただし料理の入れ替えはあり、ランチっぽいメニューに変わっていました。サラダとバナナとパンを取り、フルーツと仕上げにソフトクリームを食べました。ここにはカプチーノ等を淹れられるコーヒーのマシンと、ソフトクリームのマシンがあっていつでも自由に操作できる様になっているので、とても便利です。
午後1時半頃上陸することにしました。降りる前に乗船カードを機械に通し、下船してすぐ一旦体育館みたいな倉庫みたいな中を通り外へ。アメリカはテロ以降ポートセキュリティが厳しく、一般人は船に近寄れない様になっていて面倒です。飲料水を調達するためどこかのモールに行ければいいと思っていたのですが、あまりに計画性がなさ過ぎ、また情報が少な過ぎ、無料のバスもありそうだったのですが「待つのが面倒」と言う夫の意向でしぶしぶと歩き出しました。ところがほんの100m位歩いて、港の入り口のまだゲートを出ていない所で、いきなり夫が客を送って来て引き返すタクシーをつかまえてしまいました。どこに行くかも決めていなかったのに、いきなり拾われても困ります。
夫が適当にヒロのダウンダウンと行ったため、オールドタウンの方に連れて行かれ、いや、ショッピングをしたいんだけど、と言ったらそれなら「ニューパートの方だ」ということで来た道を引き返す感じになりました。運転手さんに昔来た津波の話とか、ヒロのこと等を聞けたのは良かったのですが、15ドルの料金にまた20ドル出して「お釣りはいいよ」と夫が言ったので絶句してしまいました。私の感覚だとお釣りを3ドルはもらいたい所です。結局タクシーはアロハシャツの「ヒロ・ハッティ」がある「プリンス・クヒオ・プラザ」に到着しました。「ヒロ・ハッティ」では夫がトイレを借りたのみで買うものもなく、隣の「Every Day Low Price」で有名な「ウォールマート」に廻る事にしました。

倉庫の様に天井の高い広い店に来ると、つい嬉しくて隅々まで見て回りたくなってしまいますが、、だんだん夫がジリジリして来てしまったので、未練を残しつつも必要な物(日本から持って来るのを忘れた洗剤と、「スーパースター・ヴァーゴ」の様に毎日配布されないミネラルウォーター)のみ購入することにしました。1時間弱で買い物を終わり、帰りこそ無料のバスでと思ってバス停で待っていたら、「シャトルが来た」と夫。バスの横には2ドルと書いてあったので「それは有料みたいよ」と言いましたが、「いいじゃん」ということでそれで帰ることに。そのバスはちゃんとした営業許可(港まで入る許可)を得てないらしく、港の外のゲートの所で全員降りてそこから歩いて船に帰る事になりました(バスを待たず早く帰ることが出来たので結果オーライと言えないことはありませんが)。

隣の桟橋にいる「ザーンダム」を撮影してから、本船のいる桟橋に戻りましたが、港内に入るには乗船カードと写真付きID(外国人はパスポート)が必要です。それも形式的ではなく写真と顔、パスポートの名前とカードの名前をしっかりチェックされました。さらに船に戻る前に手荷物検査があり、飲みかけの液体は没収されてしまいます。アメリカはテロ以降かなり神経質です。これに比べたら日本の港は緊張感はなく、まだまだのどかな感じだと思います。
部屋に荷物を置いてから、11F「サウス・ビーチ・プール」のプールサイドで本を読むこととみしました。まずはバドワイザーを飲んでいるとステージではTVトリビアが始まり、テーマ曲が流れたらそのドラマ名を当てるゲームをやっていました。「ダラス」「チアーズ」等1980年代の古い物も流していたのでちょっと懐かしかったです。その後突然汽笛が鳴り、何かと思ったら隣にいた「ザーンダム」が出港する処でした。「ザーンダム」は後進離岸し、岸壁を完全にかわした場所でバウ・スラスターを使って右に回って出て行きました。


寒くなって来たので一旦部屋に戻り、早めの18時に夕食をとることにしました。今日はメインダイニングの5F「スカイライン・レストラン」にしようとしたら、既に20人ぐらいの列が出来ていました。並ぶのが嫌いな夫は、上のフロアの方がすいてそうだと6Fの「リバティー・レストラン」に移動してみました。列はどちらが長かったか微妙なところではありました。この2つのレストランは階をまたがって同じ場所にあり、名前が違うことから別の料理を出すのかと思ったら、メニューは同一で、ただレストランの内装が違うだけの様でした。「スカイライン」はモダンアメリカ風、「リバティー」はコロニアル風のインテリアです。

左は「スカイライン・レストラン」の入口、右下が「リバティー・レストラン」の入口
料理は夫がアジア風温野菜、ウェリントンビーフ(牛フィレのパイ巻き)、私はアヒ(まぐろ)の刺身とハワイ風チキンのライス添えを注文しました。アルコールは料金外ですが、赤と白のグラスワインを1杯ずつ注文しました。刺身はわさび醤油ソースと書いてありましたが、そのような味はせず、マグロは刺身というより表面を焼いたタタキでした。最初からこういう食べ物だと思って食べれば美味しいと思います。シメにはオレンジシャーベットとバニラアイスクリームのバタースコッチがけを食べました。ここのサービスは悪くありませんでしたが、ウエイターが少ないのか料理と料理の間の時間がちょっと空き過ぎだった感じです。20時前に食べ終わって部屋に戻りました。船は定刻20時にヒロを出港し、キラウエア火山見学に向け南下します。
部屋に戻ったとたん、夫がまた睡魔に襲われました。今日のハイライトである火山見物までまだ時間があるので、シャワーをしたりした後ふとバルコニーに出たら遠くに赤くボウっと光る溶岩が見えました。まだかなり遠いのかもしれませんが、真っ暗で距離感はわかりません。早速夫を起こして知らせると「外で見よう」ということになり、12Fの「サン・デッキ」に行きました。
溶岩は最初遠くに数箇所が赤かったのが、近づくにつれ山の斜面を降りている部分と海に流れ込み蒸気をあげている部分であることがわかりました。

2年半前の陸路では、コナからはるばるボルケーノまでドライブしてクレーターを見た後、まずは海岸線まで車で下りました。海岸沿いの道はある所から溶岩で埋まってしまっているので、車を路肩に駐車して延々と40分ぐらいかけてまだ温かい溶岩の上を歩き、やっと真っ赤な溶岩が蒸気を上げて海に流れ込む場所までたどり着きました。

←2004年7月の溶岩の様子

今回はこれを海から眺める事になった訳ですが、この闇夜に浮かぶ溶岩と、吹き上げる蒸気は幻想的でした。スピーカーからはハワイの親善大使だという女性の声で、火の女神「マダム・ペレ」にまつわる言い伝えが語られています。9時半頃本船は溶岩が海に流れ込む場所に一番近付いて、その後ゆっくり右に回頭して沖に戻って行きました。

斜面を流れる溶岩海面と蒸気一番近寄ったあたり

このキラウエア火山と、カウアイ島のナパリコーストに近寄る部分は「シーニック・クルーズ」と呼ばれ、このハワイ4島クルーズのハイライトとなっています。前回のハワイ島で、マウナ・ケアの星空観測ツアーに行った際、ガイドさんから溶岩は2種類あって、サラサラしている方が「パホエホエ」、ゴツゴツした方が「アア」と呼ばれていると教わったことを思い出しました。