4日目 シンガポール(シンガポールから1154海里、プーケットから559海里)入港19時 出港24時 |
|
MV SSVは日曜日出発水曜日戻りのペナン、プーケットクルーズと、水曜日出発金曜日戻りのマラッカ・ポートケランクルーズを定期的に運航しているのですが、この3泊4日と2泊3日のクルーズをくっつけて5泊6日のクルーズにすることも出来ます。私達は少しでも長く船に乗っていたいと(夫は例によってどっちでもいいんじゃないのという意見でしたが)両方のクルーズを予約していました。
ほとんどの乗客は3泊4日で降りる様でしたが、ほんの一握り(主に船ではごく少数派の欧米人)が連続してクルーズをする様でした。降りる人は17時に部屋を明け渡さなければならず、19時到着までの2時間もどうするんだよと思いましたが、2,000人強の乗客を捌き短時間で今度は新たに2泊3日のクルーズに参加する1,000人を受け入れなければいけないので、しょうがないのでしょう。実際17時を過ぎ明け渡された部屋ではすぐに掃除が始まっていました。 |
|
| さて、この日の朝食は初めて中華にしてみようと「ザ・パビリオン」に行きました。セットメニューでしたが飲茶でエビ焼売みたいの、かぼちゃの餡が入った饅頭、車海老の外に湯葉を巻いて揚げたの、ベトナム風春巻の揚げたの、焼き餃子、チキン風味の粥が出て来ました。夫はいきなり昼ご飯の様なメニューで面食らい、かつ野菜が少ないのでちょっと不満そうでした。私は「わー美味しい」とまでは思いませんでしたがそれなりに満足して部屋に戻って来ました。 |
遅めの朝だったので10時半位になっていましたが、その後は「ギャラクシー・オブ・ザ・スターズ」や、ブリッジ後部などに移動し、マラッカ海峡を通峡する商船をしばらく眺めていました。右の写真は「ギャラクシー・オブ・ザ・スターズ」の一角にある夫お気に入りの場所「ザ・デン」で、ここからも船が良く見えました。 | | |
| もちろん部屋のバルコニーから船を眺めることも出来ます。やはりバルコニー付きにしておいて本当に良かったです。ただ、この時間に船はマラッカ海峡に入っていたのですが、船の世界は右側通行なのですれ違う船は左舷にしか見えません。またSSVは25ノットで走っているためほとんどの船を追い越すのですが、航路の一番右にいるため抜かす船も左舷になります。左舷の部屋であれば居ながらにしてこれらをすべて楽しめるのにとちょっと残念でした。 |
|
11時過ぎにスポーツメニューということでまた泳ぎに行きました。ノルマは30分位で最初は空いていたため気持ち良く泳いだのですが、途中から何故かインド人が沢山入って来ました。彼らは泳ぐでなく、プールの端っこでたむろしています。時々思い出した様にプールを横切って泳ぐので非常に邪魔でした。どんどん数が増えていったので夫と「ガンジス川の沐浴状態」と呼んでいました。あまりに泳ぎにくいので15分位で上がり、ちょっと空いたのを見越して再び15分泳ぎました。泳いだ後はお約束の冷えたビールです。お腹はあまり空いていなかったのでチーズバーガーとフレンチフライを頼みましたが、ボーイさんが親切に「フレンチフライならバーガーに付いてるよ」と教えてくれました。飲んで食べた後はそのまま読書を楽しみました。 |
|
| 部屋でシャワーを浴びた後、またデッキでビールを飲もうということになり、沢山船の見える左舷にある「アウト・オブ・アフリカ」(7F ザ・プロムナード)でピッチャーのビールを注文しました。冷えたビールを飲みながらまだ距離のある商船群をぼんやりと眺めていましたが、飲み終えた頃にはかなりシンガポールに近づいていて、周りにどんどん商船が増えていきました。通常は間近に見ることが出来ないVLCC(Very Large Crude Carrier、20万トン以上のタンカー)がゴロゴロいて日本から持参した双眼鏡が威力を発揮します。肉眼では小さく見える船も、双眼鏡の中で一杯に広がり迫力満点です。いやぁ、もうフネ好きには応えられない風景です。 |
バルカー(ばら積み船)、タンカー、コンテナ、日本のNYK(日本郵船)、K LINE(川崎汽船)、MOL(商船三井)らとすれ違います。NYKのファンネルは白地に赤の線が2本入っていますが遠くからはちょっとわかりにくく、K LINEは赤いファンネルに大きく白でKの字が入っていてそれなりに目立ち、MOLは黒いボディーにクリーム色の居住区と朱色のファンネルでこれまた目立ちます。このマラッカ海峡を通って油を積みに行く日本のタンカーを見ると、日本のエネルギーはこの商船達が担ってるんだなぁと実感します。 | MO(商船三井)のLPG船 | NYK(日本郵船)のタンカー |
| シンガポール港が近づくと停泊中の船も増え更に気分は盛り上がります。コンテナ埠頭や油を降ろしている船を見るとまたまたワクワクします。フネ好きはもう興奮しっぱなしです。途中からパイロット(水先案内人)が乗りこみましたが、パナマ船籍でスウェーデン人のキャプテンだからと言って週に2回も入港しているのだからどう考えてもいらないんじゃないかと思います。日本でも東京湾に入る外国船はパイロットを乗せなければいけないらしいですが、似たような何かを感じます。 |
|
| | セントーサ島がそれとわかり(左の写真の右端)、ちょっと狭い水道(右側)の先に目指す桟橋がありましたが、このまま入船で左舷着岸かと思いきや、その直前で船が転針(っていうか反時計回りに回転)し始めました。夫は「こんな狭い所で考えられない」。どの位余裕があったかわかりませんが、かなりギリギリ回った印象を受けました。日本だったらもっと広い場所でタグで回してから後進して着岸するだろうとのことでした。 |
|
| | |
左に転針開始 | 10時の方向を向いています | 完全に向きを変え後進着岸 |
|
前の乗客が降り、次の乗客が乗って来るまでの間、続けてクルーズを続ける乗客のために「ザ・ギャラクシー・オブ・ザ・スターズ」でカクテルパーティがあるというので行ってみた所、終了時間の19時半ちょっと前だったせいか私達2人だけでした。生バンドが演奏してくれていたのでちょっと申し訳ない感じでした。 |
|
| ところでこの停泊中にちょっとした事件がありました。右舷着岸した本船の反対側に中国の「OMAR III」と言う客船が停泊していました。「たしかこの船は昔北欧籍のスターバイキング何とかという名前でそれの慣れの果てだな」などと話す夫とバルコニーで見ていた所ふとベランダのガラス扉が中からロックされた状態に見えました。 |
この扉はガラスの引戸ですがロックがちょっと変わっていて、ロックした状態だとガラスが下に沈んでいかにも水密っぽくなります。開ける時は左の写真の上に向いているハンドルをぐるっと180度回して下に向けるとガラスが持ち上がり、引ける様になる仕組みです。ハンドルは中にしかなくロックされると外からは開けられません。二人のどちらかが最後にベランダに出て来た際、ハンドルが真下から40度位の所で勢い良く外から戸を閉めてしまったため、はずみでハンドルが少し跳ね上がってしまいちょっと引いた位では動かなくなってしまったのでした。バルコニーに通信手段はなく、助けを求める術がありません。夫は最悪隣の部屋に乗り移り助けを求めることを想定したそうですが、なにせ11階、もし落ちたら・・・・・・。二人でガラス戸を必死で外から持ち上げて動かしてみた所、何とか開けることが出来ました。最悪次の朝ボーイさんが部屋掃除に来るまでバルコニーでクルーズしなきゃならなかったかも知れないかなりスリリングな一時でした。 | ロックされた状態 矢印の方向に回すと開きます |
|
夕食は洋食の「ベラ・ビスタ」(無料)
か「ザ・タベルナ」(有料)のSteam Boatのビュッフェでちょっと迷いましたが、ベラ・ビスタのセットメニューがいまいちだったのと、辞書にはないけどSteam Boatは日本語で「鍋料理」の筈と思い、面白そうだからとそちらに行くことにしました。20時近くに行くとこれまた誰もおらず、でもテーブルにはホットプレートが置いてあり、「ん?スチームボートって鉄板焼きだったっけ?」と思いながらビュッフェで肉やら海老やら自由に取って来られるスタイルと、S$21という手頃な値段(しかもビール1杯付き)が気に入り食べることにしました。 | |
| ホットプレートに電源が入りましたが、「スープはチキンとトムヤムとあるけどどちらに?」と聞かれ「?」。別々のを頼もうとするとどちらか1つだと言うのでやはり鍋もあるんだと思いましたが鍋用のコンロはありません。ホットプレートにバターがひかれ、あそこから取って自由に焼いてと言われとりあえず醤油味の牛肉とスパイシー味の鶏肉を焼いて食べました。なかなかの味でした。 |
|
| と、思っている所に鍋登場。ホットプレートのまん中にある丸いスペースに置かれました。そこに小さく切った鶏肉と春雨とネギ、白菜が投入されました。野菜不足気味だと思っていた夫は大喜びで野菜のお代わりもしてしまいました。こういう料理が食べられるのはアジア船ならでは、だと思います。 |
デザートにタピオカのマンゴークリームとケーキ一切れを食べ大満足の夜でした。
ちなみに私達の鍋に野菜が投入された頃、キャプテン(船長)ともう1名のクルーが白い制服姿で同じ料理を食しに悠然と現れました。「これいくらだっけ?」みたいな感じでレストランのクルーに尋ねているのが聞こえました。前の晩はガラ・ディナーの記念撮影で大人気だったキャプテンもこんな所で不思議なアジア料理を食べるんだなぁと思ってしまいました。
| |
| 24:00の出港だったため、部屋で寛いでいた時ふと外を見ると船が滑る様に動き出していました。 |