船内生活の一端

ラグーナトリオとリクエスト

「フォーシズンズ・ダイニング」での夕食の時間中、ほぼ毎日ラグーナ・トリオが演奏をするためにダイニング内をぐるっと1周しています。黙っているとポピュラーな「川の流れのように」や「コンドルは飛んでいく」を自動的に演奏してくれますが、折角の機会なので毎回知恵を絞ってあまり演奏されなそうな曲をリクエストしていました。

洋楽が多かったのですが、そのうちすっかり顔見知りになって「Yes, Sir !」とやって来てくれるので、ますます張り切って「L-O-V-E」「On the Sunny Side of the Street」「Puff, the magic dragon」などの曲をリクエストをしていました。ちなみに前述の曲のほか、日本の歌では「愛燦々」「月の砂漠」「星影のワルツ」「知床旅情」、洋楽では「イエスタデイ」「マイ・ウェイ」「テネシーワルツ」がポピュラーでした。

ダイニングのこのひとときはとても楽しかったです。

リド・グリル

メニューのめぐり合わせであまり食べる機会はなかったのですが、11F「リド・グリル」の数ある麺類メニューの中で、とんこつが一番好きでした。ざるうどんやざる蕎麦の時は「う〜ん」、スパゲティ・ミートソースの時は「ん…」、醤油ラーメンだと「おっ」、とんこつだと「おおっ…!」という感じです。町のラーメン屋のようにそこでスープを作ってそこに秘伝のタレを…、という訳はありませんが、醤油、味噌よりもこってりしていたので美味しかったです。

「リド・グリル」のメニューとしてはハンバーガーの方が有名ですが、パテ(肉の部分)が日本人向けにカスタマイズされているのでアメリカンなハンバーガーの感じはありません。焼き過ぎて炭っぽいパテとパサパサのバンズ(パンの部分)が出てきたら面白いかも、と思います。

メインダイニングのメニューが魚っぽく、回避してリドに来た時は大体【肉】な気分なのですが、その時のメニューが海鮮バーガーだと少しがっかりしたのは、海鮮バーガーに対して失礼でした。実はとても美味しく、日本船ならではの味に舌鼓を打ちました。

部屋係のハイディ

クルーズ中の103日間、一日も休まず私達の部屋を掃除してくれたハイディは、とても仕事が丁寧でした。

最初に朝食は何時ぐらいに行くのか聞かれたので、大体8時半から9時ぐらいの間だと思うけれどと答え、部屋を出る時にはこのマグネット(写真)をドアに付けておくから、というローカルルールを作りました。「飛鳥U」ではドアにかける「掃除をして下さい」の札が用意されていないため、一発で不在を知らせることが出来ないためです。一方ハイディの方は掃除が終わるとこのマグネットを部屋の中に付け替えてくれるので、私達が戻って来てマグネットがまだそのままであれば、掃除中の彼女を煩わせることなく再び時間潰しに出かけて行けました。

彼女らは寄港地で毎回下船出来る訳ではないので、時々おみやげを買ってきてあげました。クルーズが終わる頃にはとても仲良くなり、今でも「飛鳥U」に乗船したら必ず彼女を探しに行っています。ちなみにもう一人ハイディがいるようですが、彼女はビッグ(大きい方の)・ハイディで通っているようです。

ベッドのアレンジメント

部屋係のハイディにベッドアレンジ(並べ方)について教えてもらいました(7月8日)。一番多いのはベッドの間にランプ台を置いて完全なツインにしてある部屋で、私達のように2台をくっつけているのは(今回の彼女の担当範囲では)少数派だそうです。2台くっついているとはいえシーツと掛布は別々なので、それを1枚の大きなシーツと掛布にする完全なダブル(と言ったら通じず、クイーンサイズベッドかと聞かれました)も出来るのか尋ねたところ、それも出来るそうです。

どちらが彼女にとって簡単か尋ねたらダブルはマットが重い分ちょっと大変だと言うので、残り一週間だし別に不便という訳ではないのでとそのままにしておくことにしました。ベッドをくっつけたいのは、80cmのシングルベッドだと特に広くありませんが、それを2台並べて160cmのクイーンサイズにすればとても広く使えるように思うからです。右の写真は後日のクルーズで同じ部屋だった際にお願いした「丸ごとくっつけた」アレンジです。寝返りをうっても一晩中夫と接触しない位広かったです。

ジョギング

高校生の時からずっと走り続けている夫はともかくとして、私は特に好きということもないのですが、走らないとすぐ太るのでジョギングが日課となっています。日課にしてしまうと走らない日は何かし忘れたような、歯磨きを忘れたような感じでちょっと気持ち悪いのですが、そうは言っても世界一周クルーズ中はそんなに頑張って走らないでも…、と最初は思っていました。でも終日航海日であれば、ダンス教室が終わった後にちょうどいい隙間があって、無理をしないでもそこで時間が取れることがわかり、大体その時間に走るようになりました(写真は走り始め位置に一番近いボートステーション)。

アフリカ諸国では治安が悪いこともあって陸で走らなかったため油断していたのですが、ヨーロッパに入ってからはかなりハードに走り始めました。船上ではスピードを出して走ると危ないため、ちょっとゆっくり走るのですが、すると陸でもなかなかスピードが出てくれません。もともと夫とは走力が違うためにそもそも遅れがちなのが、立ち止まって風景の撮影までして更に遅れるのでイライラしているのがわかります。一緒にゆっくり行ってくれれば良いのですが、ダーッと先に行って少し待って、私が追いつくと励ましてくれたりすることもあるのですが、すぐにまたダーッと行ってしまうので辛かったです。

ただ、自分の足で寄港地を見て回るのはとても効率的でしたし、辛い思いをした場所ほど印象深いので、夫のバイタリティーには感謝しています。

印象に残ったジョギング
ベルゲンのフロイエン山駆け上り(上の写真)
標高は320mだそうですが気温が低くて辛く感じました。途中サングラスが自分の熱気で曇ってしまい、ひどく悲しくなりました。頂上からの眺めは最高、と言いたい所ですが雨で今ひとつでした。左上の写真で白い点が雨の中はるか先を行く夫です。
サンフランシスコのズクズクジョギング
夫の「雨はすぐに止むだろうから」に全く根拠はなく、本降りの雨の中をカッパも被らず1時間走りました。頭から靴下までズクズクで身体が冷え切ってしまい、しばらく大浴場の湯船から出て来られませんでした。
寒いレイキャビク(翌朝診療所へ)
もともと風邪気味だったところに6°Cと寒い中のジョギングだったので、走ってもちっとも温まりませんでした。レイキャビクを出ると次はまる7日間の大西洋横断だったため、陸はしばらく走れないと少々無理をした結果咳がひどくなってあまり眠れず、次の朝起きたら少し熱が出ていました。
走る前にひと悶着あったヒロ
走るのはもうイヤダー、と思い「行った方が良ければ行く」と言ったのが偉そうに聞こえたようで夫の癪に障ってしまいました。意図する所は「私が走る方があなたがハッピーなら頑張って走る」だったのですが、一度怒るとなかなか収まりません。胃も痛くなってしまい散々でした。

オフィシャル写真集

「飛鳥U」のライブラリーにも置いてある世界一周クルーズの写真集は郵船クルーズが発行しています。クルーズの終盤に案内があったのですが、当初は13,000円の価格に尻込みしていました。写真についてはこの乗船記を作るために馬鹿みたいに沢山撮影している訳ですし、寄港地ではあまりオプショナルツアーに参加しなかったため、自分たちが写っていることもありません。が、購入を予約すると写真集の最後に自分達の写真を1枚載せられるということがわかり、それなら、と申し込みました。どの写真を載せるのか最後まで悩み、私はやはり最北端到達記念のノールカップの写真かと思ったのですが、それじゃありきたりだという夫の一言で却下、「ハワイ島のヒロで本船のギャングウェイを降りてこれからジョギングに向かう姿」を出すことにしました。写真の題名は知恵を絞り「ずぶ濡れジョギングも良い思い出です」と、サンフランシスコでのズクズクジョギングのことを書いておきました。

下船して3ヶ月が経った10月にこの写真集が届いて手に取った時には、再び世界をもう1周したような気分になったのと、度々開いては懐かしく思い出すので、高かったけれど買って良かったと思います。

雑誌デビュー cruise & resort AZUR 2011年8月号

本船が神戸を出て2日後、まだ先島諸島の宮古島を右に見ながら航行している頃に、クルーズ雑誌「AZUR」の取材を受けました。夫が12Fにワッチに行った時に声をかけられたそうですが、インタビューはプールサイドで行われました。インタビュアーの男性はたまたま元いた職場の部下に似ていたので、乗船した時から「結構若い人も乗るんだな」と目に付いていた人でした。

世間話(と言ってももちろんクルーズに関してですが)をしているうちに終わってしまい、どうやって本に載るのだろうと思っていたら、ホノルルを出た後で最新号の「AZUR(2011年8月号)」が翌日の船内紙と一緒に置いてありました。「世界一周のデッキで聞いた、飛鳥の魅力」というコーナで、私達を含め7組の夫婦が登場していました。ちょっと上から目線的なコメントになっていますが、流石プロはうまく纏めると感心しました。

船の揺れ 「クルーズ船は揺れない、のか?(2011年7月27日)」

海水という流体に浮かんでいる以上、必ずフネは揺れます。最新の横揺れ防止装置(フィン・スタビライザー)が付いているので、客船は揺れないかのような説明を見ることがありますが、そもそもフィンは横揺れ(ローリング)には有効でも、縦揺れ(ピッチング)にそれ程効果がありません。同じ海象条件(風の強さやうねりの大きさ)でも、船の長さによって揺れ方は異なり、長い(=大きい)船ほど揺れにくくなりますが、300m近い10万トンクラスでも揺れたことがあります。

船が揺れるか揺れないかは、航路の海象次第なのですが、厄介なのは遠くの高気圧からの噴き出しによる大きなうねりです。客船はなるべく揺れないよう、多少遠回りでも雲を避けたりするのですが、インド洋の様にどこを通ってもうねっている場合は避けようがありません。雨が降っているのなら諦めもつきますが、とても良く晴れているのに延々とピッチングを繰り返していて嫌になりました。左2枚の写真はシンガポールからポートルイス間、8日間の終日航海日の5日目の4月16日です。左の写真は船首がぐっと持ち上がって水平線が見えない状態、真ん中は船首が波に突っ込んでいる状態です。大暴れしているプールは4月15日の夕刻です。


うねりは全て同じ長さという訳ではないので、船首が上に向いた時に波の谷がやってくると、「ドカーン」とものすごい音を立てて波に突っ込み飛沫がバルコニーにまで飛んで来るのですが、それはそれでフネの醍醐味だと言えなくもありません。

あまり乗り物酔いはしない方ですが、今回のクルーズでは数回酔いました。大きくかき回されたインド洋は乗り切ったのですが、それよりも小さく揺れた地中海出口付近と海の難所ビスケー湾、それからバルト海を出たノルウェー海でちょっとムカムカしました。
4月25日(船酔いしていない)
ポートルイス 1 2 3 4 5 ケープタウン

終日航海日が5日間続いたインド洋の最終日です。エレベーターホールにエチケット袋が置かれましたが、規則的なピッチングの追い風(西北西11m/s)だったので、自分は酔いませんでした。
5月9日5月10日(船酔いした)
ダカール 1 2 3 リスボン

2日連続でビールを飲みたくなりませんでした。2日目に船酔いであることに気付いてトラベルミンを服用しました。風は向かい風(北10m/s)でした。
5月12日(船酔いした)
リスボン 1 2 ルーアン

海の難所ビスケー湾は不規則な振動で不快でした。ビールを全く飲みたくなりませんでした。風はかなりきつい向かい風(北北東18m/s)でした。写真は同航する「BRAEMER」です。
5月24日(船酔いしたけど回復)
ストックホルム 1 2 ベルゲン

右は同航する他の客船から偶然撮影された本船の様子
Photo ©2011 Kalle Id kships
【画像はクリックで拡大】
左舷後方からの風(西南西18m/s)で、飛沫がバルコニーまで飛んで来ていました。これは船酔いしそうだなとトラベルミンを早めに服用したおかげで、インフォーマルのディナーではすっかり回復していました。

無線受信機

もともとは船舶というよりは航空無線を聞きたくて購入した小型無線受信機(アイコムIC-R6)ですが、最近はもっぱら日本船のクルーズの時に持ち出しています。離岸時は意外と地味ですが、着岸する時はタグの助けを借りて本船を回したり、風の強さや岸壁との距離を逐一チェックしているので、作業テンコ盛りです。なるほど、フネはこうやってコントロールしているのか、と毎回興味津々でした。入港シーンをカメラで撮影しつつ、無線を聞き、更にツイートなんかすると忙しくて大変でした。

「アキバオタク(2010年9月16日)」

海賊対策

2011年の「飛鳥U」世界一周クルーズは、もともとの航程ではスエズ運河を通る予定でしたが、エジプト近辺の情勢を鑑み喜望峰回りになったことで、シンガポールからスンダ海峡に至る海域を通ることになりました。この海域にあるゲラサ海峡(Gelasa Strait)は海賊を警戒しなければならず、夜間にプロムナードデッキには出ないよう注意がありました。普段は暗いデッキですが、海賊警戒中は煌々と照明を付け、消火用ホースは昼間からいつでも放水出来るようスタンバイ状態になっていました。

そこそこ足の速い客船の高い乾舷(プロムナードデッキのレベル)に海賊が上がって来る確率は低いかもしれませんが、乗船客の安全を考えて万全の態勢を取っていたのだろうと思います。警戒期間は思ったよりも短く、ホースの写真は撮影しそこねました。一番左が通常状態、右の2枚が警戒中で夜も明るいデッキです。
 

プールの水と海の色

「飛鳥U」のプールの水は海水を汲み上げて時には加温しているそうですが、航行海域によって違う色になります。塩分濃度や溶け込んでいる物質の差によるものですが、様々な種類の海で泳いでいる気分になりました。内海で流れ込む河川の多いバルト海は、他の海よりも塩分濃度が低いそうです。それなら試しに浮かんでみて是非とも実感したかったのですが、温水とは言えプールに入りたくなる外気温ではなかったため断念しました。改めてこうして画像を並べるとかなり濁っている(底にある飛鳥クルーズのロゴマークが見えない)日のあることがわかります。おそらく、そこは良い漁場です。


東シナ海(4月7日15時30分)

ジャワ海(4月13日9時30分)

インド洋(4月18日9時)

南大西洋(5月1日9時30分)

北大西洋(5月5日9時30分)

北大西洋 (5月7日16時)

バルト海(5月23日17時15分)

北極海 (5月29日23時15分)

北大西洋(6月6日10時30分)

カリブ海 (6月14日15時30分)

カリブ海(6月15日15時15分)

カリブ海 (6月16日15時15分)

太平洋(6月24日12時45分)

太平洋バハカリフォルニア沖(6月25日16時)

東太平洋(7月2日12時45分)

太平洋ハワイ沖(7月6日14時15分)

太平洋(7月12日13時45分)

太平洋日本近海(7月14日12時15分)

国際信号旗

本船のマストに状況に応じて掲揚される国際信号旗を見るのも楽しみの一つでした。国際信号旗とは船舶間の通信に使われる世界共通の旗で、1つの旗がアルファベットまたは数字を表しています。そのアルファベットの組み合わせによって、本船の行き先や状態を他船や陸上に知らせています。ただ忙しい入出港ワッチの最中に、11Fのオモテから12Fのパームコートの上までわざわざ見に行かなければならないのが、少々面倒です。

神戸港進入中(4月4日)

H「パイロット乗船中」
第二代表旗 + N「第1区の中突堤に向かって航行する」
1「巨大船」
アフリカ大陸南岸航行中(4月25日)

U + Y「本船は訓練中である。本船と十分距離を取られたし」
ケープタウン停泊中(4月26日)

B「本危険物の運搬、積み降ろし中(燃料油補給中)」
Q「本船乗組員の健康に問題なし。検疫に関する通行許可求む」
ケープタウン停泊中(出港日)(4月27日)

P「本日出港するので全員時間までに帰船すべし)」
ルーアン着岸・入国手続き中(5月14日)

Q「本船乗組員の健康に問題なし。検疫に関する通行許可求む」
ホノルル出港中(7月5日)

H「パイロット乗船中」
横浜港進入中(7月14日)

第二代表旗 + OS「大桟橋に向かって航行する」
H「本船は24時間以内に出航する」
Q「本船乗組員の健康に問題なし。検疫に関する通行許可求む」
神戸港進入中(7月15日)

U + W + 1「ご協力を感謝する。ご安航を祈る」